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『AFROSICK』に関する最新ニュースをお知らせします。


  • “フランス・パリのクラブ「Poona Lounge」のDJ Dara Singhがセレクトしたトーキョーサウンドのコンパイル”アルバム『From Paris eyes on Tokyo』に「ANJOS」が収録されています。ヴァージョンは内海イズル氏によるリミックス。2002年フランス発売
    (2003年3月11日着)


  • 1999年3月にリリースされたビデオ『afrosick』がDVD化され、2003年1月16日に発売。ジャケットはこちら
    (2003年1月16日着)


  • スペインのbrancoy negroレーベルからリリースされたコンピレーションアルバム『Schhhh...Volumen Dos』に「Anjos」ライナー・トゥルービー・リミックスが収録されました。
    (2001年10月26日着)


  • 『Sixteenth Moon』『AFROSICK』に続く、宮沢和史サードアルバム『MIYAZAWA』が11月28日にリリースされます。先行シングル「沖縄に降る雪」は11月7日リリース。
    (2001年10月26日着)


  • 「ラティーナ」7月号の宮沢和史連載「音の棲むところ」に、「ゲバラとエビータのためのタンゴ」のレコーディング打ち合わせのためにアルゼンチンを訪れ、「タンゴ界の巨匠オスバルド・レケーナ氏に作曲と編曲をお願いした」ということが書かれています。
    (2001年6月28日着)


  • 5月24日、レコーディング地、ブエノスアイレスより宮沢和史が帰国しました。
    (2001年5月25日着)


  • 5月18日(金)、宮沢和史は次のレコーディング地、ブエノスアイレスに旅立ちました。
    (2001年5月21日着)


  • 4月28日オンエアの極東ラジオで、「沖縄を意識した曲が2曲あります」「沖縄に我如古より子グループのコーラスを録りに4月に一泊二日で沖縄に行ってきました」とトーク。
    (2001年5月1日着)


  • カルリーニョス・ブラウンのソロアルバム第3弾『世界のバイーア〜その神話と真実 BAHIA DO MUNDO-MITO E VERDADE』が5月30日、日本発売(VJCP-68308)になります。来日ツアーは、8月23日(木)渋谷AX、8月24日(金)静岡・焼津市文化センター、8月25日(土)大阪・ラブリーホール、8月26日(日)富山・円形劇場ヘリオス
    (2001年5月1日着)


  • 「極東ラジオ」4月21日の放送で、現在進行中のレコーディングを報告しています。トークの内容をこちらにまとめています。
    (2001年4月23日着)


  • 現在、日本テレビ系で放送中のドラマ「Pure Soul」(毎週月曜22時〜22時54分)の劇中に流れる音楽を担当するのはフェルナンド・モウラやマルコス・スザーノ。オリジナル・サウンドトラック『Pure Soul〜君が僕を忘れても〜』は6月8日に東芝EMIから発売です。
    (2001年4月19日着)


  • 「ラティーナ」5月号掲載の宮沢和史連載「音の棲むところ」に、3月にレコーディングで訪れたブラジル・サルヴァドール、サンパウロ、リオでのエピソードが書かれています。また、4月21日放送の極東ラジオで宮沢がこのレコーディング進行状況を語る予定です。
    (2001年4月16日着)


  • 宮沢和史、ニューヨークより帰国。今後は東京レコーディング。
    (2001年3月30日着)


  • 3月18日。リオデジャネイロでのレコーディングを終え、ブラジルの隣国アルゼンチンの首都ブエノスアイレスに移動。レコーディングのミーティングをこなし、翌日3月19日にニューヨークへ出発。現在ニューヨークでのレコーディングを行なっています。
    (2001年3月21日着)


  • 3月16日、17日。リオデジャネイロでレコーディング。
    (2001年3月19日着)


  • 3月13日、14日。サンパウロにてレコーディング。アート・リンゼイ、そしてMax De Castroとのコラボレーションがスタート。13日の夜は、サンパウロの空港側にあるBurbon Street Music Clubにて、Max De Castroのライヴを観る。Max De Castroについての説明はこちらをご参照ください。
    (2001年3月16日着)


  • 3月10日。レコーディング6日目。サルヴァドールでのレコーディングは本日で終了。次はサンパウロへ。
    (2001年3月11日着)


  • 3月8日。サルヴァドールでのレコーディング4日目。
    (2001年3月9日着)


  • 3月5日、レコーディング初日。レコーディング・スタート!
    (2001年3月6日着)


  • 3月4日、アート・リンゼイと共にカルリーニョス・ブラウン率いるパーカッショングループ、チンバラーダの野外ライヴを見学にCandeal地区の広場へ。ライヴ終盤、ステージ上からカルリーニョスが「ニッポネから来たポップスター、ミヤザワ!ミヤザワ!カモン!!オン・ステージ!!」と突然、宮沢を呼び上げ、宮沢がステージに登場。「Capita De Areia」と「島唄」 を歌いました。
    (2001年3月5日着)


  • 3月3日、宮沢和史サルヴァドールに到着。空港での出迎えはアート・リンゼイ
    (2001年3月4日着)


  • 南米最大級のロックフェスティバル「Rock in Rio」。2001年1月にリオデジャネイロで開催されたこのイベントが2月17日(土)よりWOWOWで放映されます。スティングのステージに飛び入りしたのは何とマルコス・スザーノ! 『Sixteenth Moon』に参加したドミニク・ミラーももちろんスティングのバンド・メンバーとして参加です。
    (2001年2月16日着)


  • AFROSICK remix#2」で「ANJOS」のリミックスをてがけたRAINER TRUBYが2月16日(金)から来日DJツアーを行ないます。2月16日(金)京都・METRO、2月17日(土)東京・CLUB ASIA、2月18日(日)東京・BLUE NOTE、2月21日(水)東京・ROOM、2月22日(木)福岡・O/D、2月23日(金)大阪・CLUB DAWN。詳細はRAINER TRUBYのレーベルCOMPOST RECORDSホームページで。
    (2001年2月16日着)


  • 昨年末、宮沢も来日公演を観に行ったDA LATAのターンテーブル担当PATRIC FORGEが、2000年5月18日、イギリスのRADIO 1の番組で「ANJOS」(RAINER TRUBY TRIO MIX)を選曲。
    (2001年2月7日着)


  • ペドロ・ルイスの番組に宮沢和史出演します。放送はブラジルですが、ペドロ・ルイスのホームページで聴くことができます。日本時間の3月4日(日)7時〜9時、3月8日(木)7時〜9時(再放送)。表示されたページの右上に水色のバナー「AM800」と書いてあるところから開いて下さい。内容は宮沢のコメント、影響を受けた楽曲を紹介したり、ブラジルとの出会い、そしてAFROSICKについてコメントしています。また、貴重なライヴ音源(1998年、新宿リキッドルームでペドロ達と一緒に演奏した「BRASILEIO EM TOQUIO」もオンエアされます。宮沢は番組全般に渡って登場しています。
    (2001年2月1日着)

  • 宮沢和史著「音の棲むところ 2」(ラティーナ)12月11日発売。音楽雑誌「ラティーナ」連載の同名のエッセイ1996年末〜2000年末を中心に、AFROSICKブラジルライヴ、カルリーニョス・ブラウンとの対談などをまとめたもの。このAFROTIPSも編集され、収録されています。
    (2000年11月28日着)


  • 10月4日に発売されたクリス・マッガワン、ヒカルド・ペサーニャ著「ブラジリアン・サウンド」(シンコー・ミュージック)巻末の日本版補足に宮沢に関する記述があります。「98年のソロ・アルバム『アフロシック』では、マルコス・スザーノ、レニーニ、カルリーニョス・ブラウンといった面々との火花を散らしながらの刺激的なコラボレーションを実現。最新のブラジル・シーンをつぶさに表す見事な作品を結実させた」(この項、石川真男氏)
    (2000年11月2日着)


  • 10月27日(金)東京国際フォーラムで行なわれたイベント「GROOVE DYNASTY 2000」に宮沢和史がゲスト出演。コンサート終盤、Tin Panの演奏のあとに登場した宮沢は「抜殻」を熱唱。マルコス・スザーノの曲を1曲はさみ、再び現れ、スザーノ、そして林立夫氏、村上秀一氏、沼澤尚氏、村石雅行氏、真矢氏5人のドラマーらの演奏で「ILUSAO DE ETICA」を歌いました。
    (2000年10月27日着)


  • 沼澤尚(Dr)、松原秀樹(B)、浅野祥之(G)の3人によるユニットTHEREE'S CO.(スリーズ・カンパニー)のアルバム『INNER WORLD』収録曲「WHERE CAN WE FIND THAT?」に宮沢が参加しています。9月27日(水)発売。マルコス・スザーノも参加しています。
    (2000年9月27日着)


  • 検索発見シリーズ。『AFROSICK』プロモーション用に作られた特製ブレスレットの写真発見。応募は締め切られています。海外チャートシリーズ、その1。イギリスのクラブwhistlebumpで「Afrosick EP」が99年5月にSimon Haggis +Andy Crowtherのセレクトで7位にランクイン。こちらは本格的記事。98年9月30日付けポルトガル語でのテキストです。翻訳ができましたらまたこちらで紹介します。
    (2000年9月13日着)


  • 8月6日、宮沢は来日中のアート・リンゼイと会い情報交換。その後、サバス東京にてこちらも来日公演中のマルコス・スザーノと久々の再会。
    (2000年8月7日着)


  • 極東ラジオ5月27日で、先日のカルリーニョス・ブラウンとの対面のエピソードを宮沢が披露。「この前カルリーニョス・ブラウンと話してて、今後ブラジルの音楽はどうなるかなって訊いたら、ブラジルっていう国はまだ若い。まだ始まって間もないんだ、まだまだ始まったばっかりで、音楽も模索中だから、変わるぞっていうことを言ってて、すごく面白かった」
    (2000年6月16日着)


  • 鈴木慶一氏によるレニーニ来日公演フライヤへのコメント。「レニーニの作り出す音楽は、現在、私にとって最も注目すべきモノである。世界中のどんな音楽を捨ててでも、レニーニを聞きたいのだ。ローファイとハイファイが、混乱さえ感じる程の非バランス感覚で唸る時、レトロフューチャーではない、真の未来派が地響きをあげて地面の裏側を激しく揺さぶるのを、仁王立ちで受け止めたいのだ」。鈴木慶一氏はYukihiro Takahashi@MUSIC WEBでレニーニのアルバム『Na Pressao』を1999年のフェイバリット・アルバムとしてあげています。
    (2000年5月26日着)


  • レニーニ6月の来日公演のフライヤに宮沢和史、鈴木慶一氏、中原仁氏の推薦文が掲載されています。「レニーニのように歌う奴はいるかもしれない。レニーニのようなギターを弾く奴もどこかにいるだろう。だけどレニーニのようにギターを弾いて歌う奴はどこにもいない。模倣されることを笑顔で拒む……! それが彼の音楽だ」(宮沢和史)
    (2000年5月18日着)


  • 4月26日。来日中のカルリーニョス・ブラウンと宮沢が97年のサルヴァドール・レコーディング以来の対面。『AFROSICK』やカルリーニョスの作品、そしてAFROSICKの未来について二人の会談は約1時間続きました。久しぶりの再会写真はこちらで。宮沢は4月30日のステージを観戦しました。会場から駐車場に向かうエレベーターで偶然birdと一緒に。
    (2000年4月26日着)


  • 「ラティーナ」4月号巻頭のマルコス・スザーノのインタビューでスザーノがこんなコメントを。〈歌ってのは、なんつーか俳優じみた面があるだろ。こう、なにか破らなきゃいけない壁っつうか。(パウリーニョ)モスカは昔、演劇やってたことがあるから、歌がうまい。ミヤザワも今、俳優やってんだよな?〉(インタビュアー=中原仁氏、翻訳=国安真奈氏)
    (2000年3月21日着)


  • 3月18日にリリースされるマルコス・スザーノの新作『FLASH』のライナーノートに宮沢もコメントを寄せています。以下、一部引用。〈スザーノの探求心にはいつも頭が下がる。彼の前では、世界中の音楽はすべて平等だ。ジャズ、ロック、レゲエ、ヒップホップ、何であれ彼は、ありとあらゆるリズムを咀嚼し、パンディエロという極端にミニマムな楽器によって解析し、再構築していく〉
    (2000年3月14日着)


  • ベルギーの「Juice de Garlic」というホームページ(現在NOT FOUND)では「Anjos」がミックスされた音源が掲載されていました。"I particulary love this one... Sweet as a summer night but spicylike a full spoon of Pica Mas sauce."だそうです。
    (2000年3月9日着)


  • インターネットでの検索により、アメリカ・ニュージャージーのWFMUというラジオ局99年5月6日のオンエアリストに「afrosick remix #1」を発見。また、イギリスの「THEANDY KERSHAW SHOW」98年9月17日のオンエアリストにも「Anjos」があります。この番組はTalkin' LoudレーベルのGILLES PETERSONによる選曲。
    (2000年3月9日着)


  • 発掘資料シリーズ。「JUNGLE LIFE」誌による、AFROSICK JAPANに参加のベーシスト小原礼氏と、元はっぴいえんどのギタリスト鈴木茂氏との対談。この中で、小原氏がレニーニ&スザーノ、AFROSICKツアーについて触れています。
    (2000年3月2日着)


  • 1999年12月18日、アート・リンゼイの来日コンサート終了後、宮沢とリンゼイが対面。アート・リンゼイも『AFROSICK』に大きな興味をもっているとのこと。

  • 11月9日にイタリア・ミラノのレーベル「SCHEMA」からリリースされたコンピレーション・アルバム『Break n' Bossa chapter 2』に、「Anjos(Rainer Truby Trio Mix)」が収録されています。
    (1999年12月25日着)


  • 極東ラジオ8月28日放送での宮沢の発言。「AFROSICKというプロジェクトは去年10月、新宿リキッドルームのコンサートで一区切り終えたんですが、僕の中では終わったプロジェクトではなくて、今後続けていく、あるいはスタートだったと僕は思ってるんですが、また来年あたり僕のアイデアもいろいろ出てきてますので第二弾、第三弾と続けていきたいです。その合間にこういう彼等の演奏(マルコス・スザーノ・プロジェクト)を観ることができて、僕も参加することができて非常にいい機会だったと思います」
    (1999年9月8日着)


  • 「bounce」9月号のペドロ・ルイス&パレーヂのインタビューより。〈そう。あれは(アルバム収録曲"Imantra"の三線)ミヤザワからプレゼントにもらったものだ。あの曲に完璧にハマると思ったんでね。日本に行ったことはアルバムだけでなく僕らの人生にも影響を及ぼしているよ。日本の人々から受けた敬愛のこもったもてなし、クルーやマスコミ、ファンもみんな良くしてくれた。地球の裏側から着いて、歓迎を受けるのは感動的だよ。本当に楽しかった〉(インタビュアー=切石智子氏)
    (1999年8月29日着)


  • パウリーニョ・モスカの新作『MOBILE』の中の1曲 「Por Acaso em Osaka」はモスカがAFROSICK JAPAN公演中、大阪で着想したもの。曲中に聴こえる三線は、宮沢がマルコス・スザーノにプレゼントしたもの、らしい。
    (1999年8月29日着)


  • 8月14日(土)東京青山ブルーノートのマルコス・スザーノ・プロジェクトの最終ステージに宮沢がゲスト出演。アンコールに登場した宮沢は「DUVIDA CERTA」「EMBUSCA DA ALMA PERDIDA」を熱唱! 翻訳家、国安真奈氏のページに、8月14日、マルコス・スザーノ・プロジェクト打ち上げパーティの写真がアップされています。
    (1999年8月22日着)


  • 「矮小な惑星」が、ドイツからリリースされたコンピレーション・アルバム『MUSIC UNIVERSE』に収録されました。フェミ・クティやシコ・サイエンスなども収録されたこのアルバムは限定3000枚のリリース。
    (1999年7月20日着)


  • ペドロ・ルイス&パレーヂのセカンド・アルバム『E TUDO 1 REAL』に、「BRASILEIRO EM TOQUIO」のペドロ・ルイス&パレーヂ・ヴァージョンが収録されています。日本盤は『全部1レアル!』というタイトルで8月11日発売。日本盤には宮沢が推薦文を寄せています。その推薦文より一部を引用。〈彼と僕とは非常によく似ている。それは性格とか個性とかのことではなくて、立っている環境が、である。年齢も近く、自分のグループを持っていて、ほとんどの曲と詞を自分で書き、何か新しいことをしようとしている。だからこそ言葉をそれほどたくさん使わずとも、すぐに深く解りあえたと思う〉。
    (1999年6月29日着)


  • イギリス、disorientレーベルからリリースされた2枚組コンピレーション盤『showa/64』の輸入販売が日本で始まりました。CDとアナログ両方あります。MIYAZAWA「Anjos」(内海イズルリミックスによる"Bahia n' bass Mix")が収録されています。他にはスネークマンショー、坂本龍一、コーネリアス、DJ KRUSHなど全24曲収録。
    (1999年6月21日着)


  • 『showa/64』のジャケットに記載されているコピーよりこのコンピレーション盤のコンセプトを。"A definitive collection of house, soul, jazz, downbeat and abstract beats full of eastern promise from 1975 - 1998. From the Disorient catalogue as well as tracks unreleased outside Japan, encompassing the most prolific artists of the Japanese music scene. Originals, remixes and foreign collaborations."
    (1999年6月21日着)


  • またインナーには宮沢和史についての解説が載っています。"Kazufumi Miyazawa's Anjos(taken from the Afrosick album) is typical fodder from the Miyazawa pen. Kazufumi Miyazawa was a founding member of The Boom in 1986 influenced at first by the post-punk generation in the UK; then by Ska, Rock, Okinawan folk music and even Indonesian sounds in the 90's. The Afrosick album blends Brasilian rhythms with pop and rock. He is truly one of Japan's most eclectic artists and the most famous having sold 1.5 million copies in Japan of his single Shima Uta in 1993."
    (1999年6月21日着)


  • disorientレーベルより12インチレコードがヨーロッパでリリースされました。タイトルはMIYAZAWA「The Afrosick EP」。収録曲は「Capita de Areia(Little Big Bee Remix)」「Em Busca Da Alma Perdida(As One Remix)」「Anjos(Rainer Truby Trio Remix)」「Em Busca Da Alma Perdida」の4曲入りです。
    (1999年5月19日着)


  • その8分後に再度書き込まれたメッセージ
    投稿日 3月31日(水)20時45分 投稿者 MIYAZAWA
    ところで、言い忘れたけど、この「AFRO病」は結構やっかいな病気で今のところ治療法は見つかっていないらしい。俺はほとんど末期症状!しくしく……(泣)

    (1999年4月1日着)


  • 『AFROSICK』の特設ホームページ内のBBS閉鎖日に宮沢が書き込んだメッセージ。
    投稿日 3月31日(水)20時37分 投稿者 MIYAZAWA
    この場所には独特のコミュニケーションがあった。人それぞれさまざまな投稿があったけど、「AFROSICK」というキーワードがみんなの心にあるから、どの人の物を読んでもとても興味深かった。1999はTHE BOOMからたくさんのいい歌を発信します。そしてみんなの町にも出かけます。早く会えるのを楽しみにしています。今までたくさんのメッセージありがとう! またMIYAZAWAが復活したら、ここで会いましょう。その日までしばしバイバイ!

    (1999年4月1日着)


  • AFROSICK JAPAN公演のメンバー、沼澤尚氏が4月9日にリリースするアルバム『THE WINGS OF TIME』には、パウリーニョ・モスカ、マルコス・スザーノ、ペドロ・ルイス、大村憲司、小原礼、大滝裕子ら、AFROSICKメンバーが大挙参加。リオデジャネイロでの録音も5曲収録されています。
    (1999年3月18日着)


  • 「ラティーナ」4月号「音の棲むところ」で、宮沢はビデオ『afrosick』の作業中は「ピエール・バルーの『サラヴァ』を超える作品にするぞ」というのが合い言葉だったと告白。『サラヴァ』はフランス人音楽家が60年代にバーデン・パウエルら当時新進気鋭の若手ブラジル人ミュージシャンたちを記録したドキュメント映画。「内容というか、そこで行なわれていること、その充実ぶりでは『サラヴァ』に勝るとも劣らないものだと言い切りたい」と宮沢。
    (1999年3月18日着)


  • ミュージック・マガジン3月増刊号「トロピカリア・ブラジレイラ」という本に、宮沢のロングインタビューが収録されています。『極東サンバ』からビデオ『afrosick』までの道のりを語る、総括的なインタビュー。
    (1999年3月5日着)


  • BOOMER'S PRESS 112号より『afrosick』について宮沢のコメント。〈これはライヴビデオではありません。97年の冬から98年の秋まで約1年に渡って行なわれたプロジェクト「AFROSICK」を全て追いかけたドキュメンタリービデオです。ムービーと呼んだほうがふさわしいかもしれません。97年〜98年1月にかけてのリオとサルヴァドールのレコーディング、そして98年秋のリオでのブラジル版MIYAZAWAバンドのリハーサル風景や取材、そしてリオでのライヴ、最後は新宿リキッドルームにおけるライヴの模様と、いろいろな素材で成り立っています。これに参加した人がおおいに見て楽しめて、そして参加できなかった人やブラジルについてそれ程知識をもっていない人にも楽しめるムービーにしようと、私宮沢自身が中心となって編集しました。自分自身とても楽しめます。特にリオでのライヴのハイライトシーンではいろんな事を思い出します。ぜひみなさん宮沢の1年間を楽しんで、同じ時間を共有してみてください〉
    (1999年3月5日着)


  • 3月3日(水)、東京都内のブラジルレストランで、ビデオ『afrosick』の完成記念上映会が開催されました。出席したのはこのビデオの監督を務めた宮沢和史はじめAFROSICK JAPAN公演のメンバー、スタッフ。
    (1999年3月5日着)


  • 3月10日発売のライヴ&ドキュメント・ビデオ『afrosick』はAFROSICK BRASILとAFROSICK JAPANの二つのパートで構成された77分間。単身ブラジルに乗り込んでのレコーディング風景や、リオ公演オープニング直前楽屋での宮沢の表情、新宿リキッドルームでの凱旋公演など見どころいっぱい。約1年に渡ったブラジルと日本を結ぶこのプロジェクトの全貌を目撃できます。膨大な映像記録を編集したのは宮沢本人。
    (1999年2月26日着)


  • 「Guitar magazine」3月号の大村憲司特集に宮沢が追悼文を寄稿しています。
    (1999年2月23日着)


  • カルリーニョス・ブラウンの新譜『オムレツ・マン』に寄せた宮沢の推薦文は「人類でもっとも神に近づいた男」というもの。今月末にリリースされるブラジルのシンガー、ヴィニシウス・カントゥアリアの『トゥクマン』にも宮沢の推薦コメントが帯に書かれています。
    (1999年2月23日着)


  • 「ラティーナ」3月号の巻頭記事はカルリーニョス・ブラウン。他にペドロ・ルイス&パレーヂ、パウリーニョ・モスカ、マルコス・スザーノなどAFROSICKなミュージシャンたちの近況報告、宮沢が出演したブラジルの高視聴率トーク番組「オンゼ・イ・メイア」の司会者ジョー・ソアレスについての記事も掲載されています。
    (1999年2月18日着)


  • 3月10日、東芝EMIよりライヴ&ドキュメントビデオ『afrosick』(TOVF-1301)が発売されます。ブラジルでのレコーディング風景、98年10月のリオ、サンパウロで行なわれたブラジルツアーの模様、そして10月21日新宿リキッドルーム公演と、宮沢和史のソロプロジェクトAFROSICKのすべてが収録される予定です。
    (1999年1月28日着)


  • カルリーニョス・ブラウンの新譜『オムレツ・マン』の日本盤は2月10日ヴァージンより発売。解説は中原仁氏、推薦文は宮沢和史。このリリースを記念して2月7日放送の極東ラジオではカルリーニョス・ブラウン特集を企画しています。
    (1999年1月19日着)


  • 雑誌「remix 1998 Best Discs」で矢部直氏(UFO)が「ANJOS」を98年のベスト盤の1枚に選んでいました。「ラティーナ」1月号で宮沢自身が選んだ98年ベストアルバム5枚は、タルヴィン・シン『OK』、ナタリー・インブルーリア『レフト・オン・ザ・ミドル』、エイジアン・ダブ・ファウンデーション『コンシャス・パーティ』、高田渡・大工哲弘他『貘 詩人・山之口貘をうたう』、マイケル・ローズ『パーティー・イン・セッション――ライヴ』。
    (1999年1月11日着)

  • 12月27日「極東ラジオ」では『AFROSICK』から「ETUDO TAO MENOR」「CINCO OU SEIS」2曲のデモテープをオンエア。また、先日受賞した「98年ブラジル・ディスク大賞」について以下のようにコメントしました。「非常に嬉しく思っております。得票数も例年の倍くらい集まったようで大変感謝しています。みなさまありがとうございます」。
    (1998年12月28日着)


  • 「bounce」1月号に掲載されたカルリーニョス・ブラウンのインタビューには宮沢和史についてのコメントもあり。〈ミヤザワのアルバムも、やってみたかったんだ。世界に向かっている日本人だもんね。アレンジや作詞をしたけど、とてもよかったよ。彼はポルトガル語で歌ってただけじゃなく、本当の「ことば」を使いこなしてコミュニケイトしていた。彼の音楽もすごく好きだよ〉(インタビュアー=高橋道彦氏)。また、同誌選定の「98年の決定盤 opus of the year 1998」の一枚に『AFROSICK』が選ばれました。「the best newcomer of the year」には、ペドロ・ルイス&パレーヂが選出され、マルコス・スザーノも「彼はブラジル新世代のアイコンであり、それらの動きが奔流となって溢れ出た98年の顔役」と、高い評価を受けています。
    (1998年12月24日着)


  • 12月21日(月)、大阪森ノ宮プラネットステーションで上演された劇団・天体雑貨の作品「Pieces」の劇中、「ANJOS」が使われました。シェイクスピアを下敷きにした天体雑貨版SF劇。「ANJOS」が使われたシーンは、森の闇の中で主人公オーランドが「翼」を斬られるシーン。
    (1998年12月24日着)


  • ビデオ「AFROSICK LIVE IN OSAKA」が完成しました。オープニングとエンディングにインタビューが挿入される他は、純然たるライヴビデオ。12台のカメラがステージの熱情を捉えています。収録曲の演奏はフルサイズ。大阪でしか演奏されていない「BRASILEIRO EM OSAKA」も収録。限定5000本の制作。初回1998本は、通しナンバー入りの特別パッケージ装丁となります。
    (1998年12月24日着)


  • 『AFROSICK』が「1998年ブラジルディスク大賞」を受賞!
    (1998年12月22日着)


  • 「ラティーナ」1月号では、「98年ブラジル・ディスク大賞」を発表。同号の宮沢和史連載の「音の棲むところ」では、「日本とブラジルの音楽にかかった橋」というエッセイが掲載されています。『AFROSICK』プロデューサーの一人、ビヂのインタビューもあります。
    (1998年12月14日着)


  • 雑誌「fish」4号のペドロ・ルイスのインタビューより。〈ミヤも、レニーニやスザーノや僕らと交流を持って、ひとつのものを作り上げた。そして自分がブラジルのアーティストたちとこんなことをやってるって日本に紹介してる。理想的だね。僕らにとってもすごく嬉しいことだ。もちろん『アフロシック』は僕自身にとっても重要なアルバムになったよ。彼がブラジルでライヴをやったり、僕らにこうやって日本でのライヴを提供してくれることも素晴らしいと思う〉(インタビュアー=上村真代氏)
    (1998年12月14日着)


  • ムーブメントクラブ会報「BOOMER'S PRESS」109号は、AFROSICK LIVE日本公演の特集。他にペドロ・ルイス&パレーヂ、パウリーニョ・モスカへのインタビューも収録。彼らの宮沢への印象、日本のオーディエンスへの感想も述べられています。「BOOMER'S PRESS」と同時発送の「エセコミ」30号では、極東ラジオのダイジェストを読むことができます。宮沢和史自身が総括するAFROSICK、手塚治虫特集など。雑誌等で活躍中のイラストレーター大槻紀子氏によるマルコス・スザーノのパンデイロ・ワークショップ・レポートもあります。
    (1998年12月14日着)


  • BOOMER'S PRESS 109号の中原仁氏によるインタビューより。〈「CINCO OU SEIS」は、テープを聴いた時に5拍子と6拍子の曲だったんで、それで人間の第五感と第六感をモチーフにした詞を作ろうっていうアイデアが浮かんだんだよ。〉(ペドロ・ルイス)、〈彼はレコーディングした曲を再現するためにミュージシャンを「雇う」んじゃなくて、全員が最初から一緒に音楽を創っていこうという姿勢の持ち主だ。それとステージングの力がすごい。曲のアレンジが非常に複雑だったから、バンドの演奏が危なっかしくなる時もあったけれど、宮沢はすぐに建て直していて、まるでコンサート全体が彼の手のひら(=NA PALMA DA MAO)に乗っているみたいだった〉(セー・アー)、〈とても態度が美しく、いつも関心を外側に向けている人だ。人生に対しても、自分のコントロールが及ばない世界に対しても好奇心を持っていて、しかもそれに自分から進んで混じっていこうとする意欲がある。ブラジル人に詞を頼んでそれをポルトガル語で歌うということが象徴的だ。アーティストとしても、一人の人間としても敬愛できる、“キレイな人”だね〉(パウリーニョ・モスカ)
    (1998年11月30日着)


  • 「bounce」12月号は、16ページにわたってブラジルを中心とした中南米ロック特集を展開。ペドロ・ルイス&パレーヂのインタビュー、スザーノ、レニーニ、カルリーニョス・ブラウン、パウリーニョ・モスカらの紹介記事。そして宮沢和史インタビューという最強の布陣。その「bounce」での宮沢和史インタビューから一部抜粋(インタビュアー=中原仁氏)。〈来年はTHE BOOMが10周年なんで、それもやりつつ、宮沢としては道場破りをいろいろとしたいんで、来年はヨーロッパのフェスティヴァルに出ることを考えています。最強のバンドを作って、日本人の訛とか、ハイブリッドなロックとか、2000年に向けてのパフォーマンスとか、そういうのをフェスティヴァルという短時間のあいだで見せることができるプロジェクトを。『AFROSICK』が終わってチャンチャンではあんまりなんでね、またひとつ新しいスタートでしょうね〉
    (1998年11月25日着)


  • ドイツ・チュービンゲンのクラブで手に入れたフリーペーパー「ouk」11月号に「afrosick remix#2」のレビューが載っていました(原文はドイツ語)。以下に一部引用。「優れたオリジナル盤をさらに上回る出来のリミックス。AS ONEのヴァージョンはいくぶん静かな感じで感情あふれる仕上がりとなっている。一方、Rainer Truby Trioのはダンサンブルな深いグルーヴ感のみならず、作品の完成度が高い(ギターの効果だ)ものとなっている。Gratulation!(おめでとう)」。またこの「ouk」のランキングで「ANJOS(Rainer Truby Trio Remix) 」が5位にランクインしていました。
    (1998年11月12日着)


  • 朝日新聞11月7日夕刊の「詩から詞へ」で、歌人・道浦母都子氏が「ブラジル人・イン・トーキョー」をとりあげ、「(ペドロ・ルイスという)エトランジェの目を通して見た東京を、日本人宮沢和史が歌う仕組みなのである」とこの詞の構造を解説
    (1998年11月10日着)


  • ファンクラブ会報BOOMER'S PRESS 108号に寄せられたフェルナンド・モウラのメッセージ。〈ある意味『AFROSICK』のショーはCD以上に感慨深く印象的でした。全く異なる日本とブラジルの文化に音楽を通じて触れる機会を得て、どの国々でも言葉や貧富の差の壁も壊し、音楽によって通じえる素晴らしい体験が出来て本当に感謝しています。僕にとってそれらが『AFROSICK』のメッセージなのだと思います。音楽はユニバーサルな言葉だと改めて実感しました。音楽はそれぞれの人たちの感情を伝えていくものだと信じています。リオとサンパウロで行なわれたショーでは、いいオーディエンスが集まったと思いました。真摯で献身的な仕事は必ずみんなに理解され、言葉の違いは大きな問題ではないとわかったライヴでした〉(フェルナンド・モウラ)
    (1998年10月30日着)


  • 10月30日(金)24時25分〜25時25分、大阪・MBS(毎日放送)で放送のAFROSICK特別番組のタイトルは「宮沢和史の世界〜大阪的躍動ライヴ」と決定しました。タイトル通り、大阪でのAFROSICK公演を中心とした内容ですが、インタビューなども含まれる予定です。
    (1998年10月27日着)


  • 10月22日(木)、24日(金)と宮沢はペドロ・ルイス&パレーヂのライヴにゲスト出演。「BRASILEIRO EM TOQUIO」など数曲に参加。10月23日(水)、25日(日)とマルコス・スザーノは大阪、東京でパンデイロ・ワークショップを開講。『AFROSICK』の中から4曲練習したそうです。
    (1998年10月26日着)


  • 10月22日(木)新宿リキッドルームと、10月24日(土)大阪HEATBEATで行なわれるペドロ・ルイス&パレーヂのライヴに宮沢、マルコス・スザーノ、フェルナンド・モウラがゲスト出演します。
    (1998年10月21日着)


  • 10月20日、21日のAFROSICK LIVE新宿リキッドルーム公演と10月22日(木)ペドロ・ルイス&パレーヂLIVEでは、開場から開演までの1時間、中原仁氏がDJします。
    (1998年10月20日着)


  • AFROSICK LIVEで販売されている「宮沢和史カレンダー1999」、「AFROSICK Tシャツ (Yellow)」、「AFROSICK Tシャツ (Navy)」の通信販売ページを作りました。
    (1998年10月18日着)


  • ブラジルで発売されたオリジナル・ポルトガル語ヴァージョンに、アナログに収録されていたリミックスを4ヴァージョン、ボーナストラックとして加えた日本だけの編集盤『AFROSICK』(ポルトガル語ヴァージョン)が本日、東芝EMIより発売されました。中原仁氏による解説、宮沢和史による全曲解説、そして参加ミュージシャンの紹介、対訳と、データも充実。
    (1998年10月16日着)


  • 10月15日、AFROSICK LIVE日本公演のメンバーは東京都内のスタジオで最終リハーサル。メンバーは沼澤尚(Drums)、小原礼(Bass)、大村憲司(Guitar)、鶴来正基(Keyboard)、Fernando Moura(Keyboard)、Marcos Suzano(Percussion)、大滝裕子(Chorus)、斉藤久美(Chorus)。
    (1998年10月16日着)


  • BOOMER'S PRESS107号に寄せられたAFROSICK日本公演についての宮沢からのメッセージ。〈「AFROSICK」っていうタイトルだから、宮沢のライヴといえば宮沢のライヴなんですが、以前開催した「CLUB ASIA」みたいな「AFROSICK」という一つの祭りの名前になればいいなと思います。「AFROSICK」に関わった人がブラジルから来るイベントのようでもあり、ショーケース的な意味もあり、でもたっぷり宮沢のステージもある。ブラジルに関心のある人は勿論、すごい組み合わせなので楽しめるでしょうし、ちょっと興味のある人はこれをきっかけに、ペドロ・ルイスやパウリーニョ・モスカを見てください。本当にカッコイイですから。(中略)ブラジルでの興奮が日本のライヴでも出るんじゃないかな。〉

  • 10月10日(土)、宮沢がブラジルから帰国しました。
    (1998年10月10日着)


  • 10月7日(水)にサンパウロで行われたライヴの写真が届きました。「サンパウロのお客さんのノリはすごいですよ。大合唱状態でした」というスタッフからのコメント付き。しかもサブジェクト名は「ヤッホー!」と、ブラジル公演が大成功に終わり、スタッフも興奮状態のようです。一行は今週末に帰国。今度は日本公演です!
    (1998年10月8日着)


  • アナログ「afrosick remix」#1と#2のロンドンでの販売がMr. BongoとSELEKTADISKの2店で始まりました。
    (1998年10月7日着)


  • 10月6日(水)、ブラジルの人気トーク番組「Jo Soares」に出演した宮沢はペドロ・ルイスらAFROSICK BRASIL公演のメンバーと共に「BRASILEIRO EM TOQUIO」をスタジオで演奏。客席にまで突入していく熱演をみせました。番組は収録したこの日にブラジル全土でオンエア。
    (1998年10月7日着)


  • 10月5日(月)、リオデジャネイロでのライヴ。開演前の1時間は、前月ビョークのリオ公演でもプレイしたリオのハウスDJ、マルキーニョスが担当。ライヴは23時開演、24時30分終演の90分間。「Save Yourself」から「島唄」までの本編14曲、そしてアンコールで、ペドロ・ルイス、レニーニ、パウリーニョ・モスカらと2曲と全16曲の演奏。MIYAの終演後の表情は「(^ ^)」だったそうです。
    (1998年10月6日着)


  • 10月4日(日)ブラジル訪問10回目にして宮沢和史、初のリオ観光。ポン・ヂ・アスーカルに登り、記念の絵皿を購入。
    (1998年10月5日着)


  • 10月1日(木)、リハーサル初日。マルコスやフェルナンド以外のバンドメンバーも『AFROSICK』のレコーディングで一緒だったミュージシャンが多く、リハーサルは順調に進行。ブラジルの三大新聞のひとつ「JORNAL DO BRASIL」のインタビュー。ブラジル音楽との出会いから、日本でのブラジル音楽への捉えられ方、『AFROSICK』製作過程など音楽関係の質問の他に、映画に関するものもありました。ブラジルでの宮沢のプロフィールに映画出演の経歴も記載されているため。
    (1998年10月2日着)


  • 9月30日(水)は昼過ぎ、リオデジャネイロへ飛行機で出発。雨のリオに到着後、21時よりマルコス・スザーノとフェルナンド・モウラに再会し、翌日からのリハ打ち合わせ。
    (1998年10月1日着)


  • 9月29日(火)、サンパウロでの取材。ラジオ出演3本と日系新聞1紙の取材。ノーヴァFMでは、サッカーにまで話題は移り、宮沢のジョークにスタジオ内は笑いが渦巻いていたそうです。日系紙のカメラマンは96年のTHE BOOMでのサンパウロ公演にも来てくれていた人。すべての取材終了後、宮沢はブラジルでの公開が始まったばかりの北野武の映画「HANA-BI」を観に出かけました。
    (1998年9月30日着)


  • 9月28日(月)、サンパウロでの宮沢のスケジュール。昼12時30分よりホテルの会議室にて取材開始。新聞や音楽雑誌、電話インタビューなど、その数は合計9本 。この後、週に一回レギュラーコーナーを持つ、FM IMPRENSA「ラジオニッケイ」に現地時間22時より生出演です。
    (1998年9月29日着)


  • 今週の「週刊プレイボーイ」に宮沢のインタビューが4ページ掲載されています。サルヴァドールでのカルリーニョス・ブラウンとのエピソードから、「誰も見たことのないところへ連れていくのがロック」という宮沢の音楽観が語られたインタビューです。
    (1998年9月29日着)


  • 「到着しました」という連絡がサンパウロから入りました。明日からブラジルのメディアによる取材だそうです。
    (1998年9月28日着)


  • この週末に宮沢はブラジルに出発。ブラジル公演でのバンドメンバーは、マルコス・スザーノ、フェルナンド・モウラを中心に組んだ全員ブラジル人のメンバー。Paulo Muylaert(Guitar)、Marcos Suzano(Percussion)、Fernando Moura(Keyboard)、Andre Carnezro(Bass)、C.A.(Drums)、Eduardo Neves(Sax)、Nilton Rodrigues(Trumpet)、Roberto Marques(Trumbone)、Jurema(Chorus)、Ellzabeth(Chorus)。
    (1998年9月25日着)


  • 「ラティーナ」10月号の巻頭記事は、現在ブラジルに渡りプロモーション活動中の 『AFROSICK』スタッフによる現地レポート。『AFROSICK』のブラジルでの評判や、3曲歌詞を提供しているペドル・ルイスのライヴの模様などを報告しています。他にも佐藤由美氏によるパウリーニョ・モスカの紹介、宮沢の連載ページ「音の棲むところ」など、今月もアフロ病感染者は必読の雑誌です。
    (1998年9月16日着)


  • レニーニ&スザーノのインタビューが「JUNGLE LIFE」ホームページ(現在NOT FOUND)に掲載されました。『AFROSICK』の話はもちろん、"Sixteenth Moon"ツアーについても「東京でのラスト・ギグの後、ホテルに戻って一人になったら、涙が出てきて止まらなかったよ」とマルコス・スザーノが語る興味深いインタビューです。
    (1998年9月11日着)


  • AFROSICK日本公演即日ソールドアウトについての宮沢のコメント。
    「AFROSICKのホームページの方でも、ライヴをやってくれという声が多かったんで、じゃあ僕らもやるか!と進めてきたんですが、ここまで熱くみなさんが待っててくれると非常に嬉しくて、いいライヴにしたいなと思っています。みなさん楽しみにしてください」。9月6日放送の極東ラジオより。

    (1998年9月10日着)


  • 「イングリッシュジャーナル」10月号に「地球を駆けるニッポン人」として宮沢のインタビューが収録されています。地球を駆ける、そのバイタリティを「最初に何かを始めるときには、直前まであまり考えていないんですよ。ラーメン屋に行きたいな、さあ、行くかという感覚です」と軽やかに説明。
    (1998年9月9日着)


  • AFROSICK LIVEのブラジル公演が決定しました。10月5日(月)リオデジャネイロ・BALL ROOM(Rua Humaita 110, Rio de Janeiro)開場=20時30分/開演=22時、料金=R$12、10月7日(水)サンパウロ・KVA(rua Cardeal Ar coverde 2958, Pinheiros, Sao Paulo)開場=20時30分/開演=22時、料金=R$15
    (1998年9月7日着)


  • AFROSICK LIVE日本公演に来日するペドロ・ルイス&パレーヂの単独公演が決まりました。10月22日(木)新宿リキッドルーム、10月24日(土)梅田ヒートビート。この両日に宮沢和史がゲスト出演します。
    (1998年9月7日着)


  • 春の"Sixteenth Moon"ツアー。「ILUSAO DE ETICA」のイントロには「三宮、元町」などと公演先各地の地名がサンプリングしていたそうですが、気づいてくれる観客が少なく、あえなく数公演で中止になったそうです。アルバムに収録されている「表参道、渋谷」の声は、マルコス・スザーノが去年のレニーニ&スザーノ公演来日時に収録したもの。
    (1998年9月7日着)


  • 宮沢和史アコースティック・ユニット、ジャバチーダの8月のツアーでは「CAPITA DE AREIA」「CINCO OU SEIS」「BRASILEIRO EM TOQUIO」「LAIAS」など『AFROSICK』から数多くの曲を披露。
    (1998年9月7日着)


  • イギリスの音楽雑誌「Straight no Chaser」vol.2に、ROOT DOWNというドイツのクラブのチャートで「ANJOS」(Rainer Truby Trio Remix)が11位にランクイン。
    (1998年8月21日着)


  • タワーレコード各店での「afrosick remix#2」販売も始まりました。タワーレコード渋谷店4階ワールドフロアで行なわれていた『AFROSICK』コーナーは今週いっぱいで終了です。参加ミュージシャンの解説などが書かれたCDジャケットサイズの小冊子が置かれています。数に限りがありますがまだ手にしてない方、ダッシュです。
    (1998年8月18日着)


  • 「ぴあ」(5月11日号・関西版)で宮沢が紹介した10冊の本の中で、ブラジル関係は以下の3冊。川田順造「ブラジルの記憶」(NTT出版)、中原仁編「ブラジリアンミュージック」(音楽之友社)、そしてジョルジェ・アマード「砂の戦士たち」(彩流社)。「バイーア州には何度も行ってますが、この小説を一冊読めば、その土地の匂いが感じられるはず」(「砂の戦士たち」への宮沢コメント)。
    (1998年8月10日着)


  • afrosick remix#2」のリミキサーは、Kirk Degiorgio(As One)と、Rainer Truby Trio。〈今回、宮沢和史の作品を手掛けることが出来たのは非常に楽しい体験でした。オーセンティックなブラジリアン・サウンドである「ANJOS」のオリジナル・ヴァージョンをボク達は非常に気に入っています。楽器の個性を熟知しているミュージシャンに感謝したいと思います。ボク達は素晴らしいベース・ラインとキャッチーなアコースティック・ギター・メロディをサンプリングして、"マラカス・スタイル"のドラムやパーカッション、そして少しばかりの「具」を加えてクラブっぽい音にしてみましたが、ブラジル・テイストはしっかり残してあります。改めて「ANJOS」 のリミックスの機会を与えてくれたことに感謝しつつ、全てのミュージシャンをリスペクトします。このリミックスで皆さんがノってくれますように!? 〉 (Rainer Truby)
    (1998年7月30日着)


  • 『AFROSICK』のライヴが決定しました。10月17、18日大阪フェスティバルホール、10月20、21日新宿リキッドルーム。
    (1998年7月24日着)


  • タワーレコードの情報誌「musee」14号にレニーニのインタビューが掲載されています。歌詞を2曲提供している『AFROSICK』については「今回のようにブラジル、東京間の橋渡し的存在になれて嬉しく思っているんだ。宮沢さんとは、“音楽ってこういうこと”的なところの理想が似ていて、その点でお互いのアイデアを共有できたことが良かった」と語っています。 インタビュアー=小島稔氏
    (1998年7月23日着)


  • 「ミュージック・マガジン」8月号の特集はブラジル。トロピカリズモ30周年の現在のブラジル音楽の解説、レニーニや、ペドロ・ルイスのインタビューなど。P140には『AFROSICK』スタッフによる「パンデイロが鳴り響くテレビ観戦 レニーニ&スザーノと観たW杯」というコラムが載っています。レニーニ&スザーノ大阪公演の夜の模様を描いたレポートです。
    (1998年7月17日着)


  • 「ラティーナ」8月号巻頭でレニーニ&スザーノのインタビュー。ペドロ・ ルイス&パレーヂのリオにおけるライヴ・レポートなど。ディスクガイド欄では「ことさらブラジルを意識せず、いつものままの自分の音楽で臨み、それをブラジル勢が全身で受け止め全霊で答えたことによって、宮沢和史の音楽自体のユニヴァーサルなポップ性も浮き彫りにされた」と中原仁氏が『AFROSICK』を紹介。
    (1998年7月15日着)


  • 今週のタワーレコード渋谷店ワールドチャートで『AFROSICK』オリジナル・ポルトガル語ヴァージョンが1位になりました!
    (1998年7月15日着)


  • 『AFROSICK』に歌詞を提供しているペドロ・ルイス&パレーヂのアルバム『Astronauta Tupy』が7月25日、日本発売。宮沢の解説付きです。
    (1998年7月13日着)


  • 宮沢和史のアルバム『AFROSICK』(TOCT-10311)の発売は生産工程の遅れによ り、7月18日(土)に延期されました。ブラジルからの直輸入によるオリジナル・ポルトガル語ヴァージョン(TOCP-50596)は、予定通り7月8日(水)に発売致します。
    (1998年7月1日着)


  • 「WHAT'S IN? ES」8月号に宮沢とレニーニの対談掲載。THE BOOMの96年リオ公演をレニーニが客席で観ていた話など二人の出会いから『AFROSICK』への軌跡が語られています。インタビュアーは宮子和眞氏。〈THE BOOMのステージをリオで初めて観たときに、コスモポリタン的なところがすごく印象に残っていて、これは自分がずっと言い続けていることなんだけど、地域とか国とか人種とかジャンルとか、そういうような考え方をせずに、惑星的に、地球規模でものを考えるべきなんじゃないかと思うんだ。ファンクとかレゲエとか、孤立した考え方はバカらしいよ。そういう僕と同じ考えをしている人が世の中にはいるんだということを、THE BOOMのステージでも感じたのさ〉(レニーニ)
    (1998年7月1日着)


  • 「anan」7月3日号に『AFROSICK』見開き広告が掲載されています。この広告のイラストはイラストレーターのミック板谷氏が収録曲「潮騒」を聴き、イメージして描いたもので「anan」のみに掲載です。宮沢も文章を寄せています。
    (1998年6月29日着)


  • 『AFROSICK』オリジナル・ポルトガル語ヴァージョンがブラジルから到着。輸入CDショップでは来週から販売が始まる予定です。
    (1998年6月19日着)


  • 6月10日〜12日、レニーニ&スザーノ来日公演に宮沢和史がゲスト出演。「PONTA DE AREIA〜砂の岬」、「E TUDO TAO MENOR」、「ILUSAO DE ETICA」を共演。11日には高野寛、12日には小原礼、沼澤尚、今掘恒雄ら"Sixteenth Moon"ツアーのメンバーも出演しました。
    (1998年6月15日着)


  • シングル「ブラジル人・イン・トーキョー」本日発売。カップリングは「矮小な惑星」と「BRASILEIRO EM TOQUIO」。プロモーションビデオを約30秒分をこちらで見ることができます。
    (1998年5月27日着)


  • 「ユリイカ」(青土社)6月号のボサノヴァ特集には17ページにわたる宮沢和史ロングインタビューあり。聞き手はブラジル音楽紹介では第一人者の中原仁氏。『AFROSICK』についても語っています。
    (1998年5月25日着)


  • タワーレコードの音楽情報誌「bounce」6月号に、宮沢とマルコス・スザーノのインタビューが掲載されています。〈確かに、僕はサンバ・カンソンもボサノヴァも好きです。けれど、僕はいまのブラジルで起こっている新しいムーヴメントにもっとも興味を引かれていて、だからこそこの時期にブラジルに行ってアルバムを作りたいと思ったんです〉(インタビュアー=渡辺亨氏)
    (1998年5月25日着)


  • 5月21日に発売される月刊の音楽雑誌「ラティーナ」6月号では巻頭に「ブラジル新世代のアーティストと宮沢和史『AFROSICK』」と題した大特集を企画。レコーディングをコーディネイトしたラティーナ編集長による『AFROSICK』レポートや、マルコス・スザーノ、フェルナンドのインタビューなど。
    (1998年5月18日着)


  • 「ブラジル人・イン・トーキョー」のプロモーションビデオが完成しました。"Sixteenth Moon"ツアーのスペシャルナイト、サバス東京でのライヴシーンも挿入されています。15秒TVスポットをご覧になれます。
    ●QuickTime (約2.2MB)
    ●RealVideo (28.800bps MODEM)
    ●RealVideo (ISDN)

    (1998年5月15日着)


  • 4曲6ヴァージョン収録のリミックス・アナログ「afrosick remix#1」をリリース。リミキサーはdjの内海イズル氏と、Little Big Bee(高宮永徹氏)。〈今回僕がリミックスした「ANJOS」は『AFROSICK』の中でも一番好きな曲です。だからリミックスのポイントも原曲の持つ良さや意図を僕なりに解釈して生かしつつ、それを発展させてフロア・ライクなトラックにしたつもりです〉(内海イズル氏)、〈今回のリミックスはマルチテープの各素材が非常に良かったので(もちろん曲そのものも!)とても楽しく作業させてもらいました。リミックス・ヴァージョンの肝は、オリジナルでは30秒×2位の部分をどう飽きさせずに、7分強のトラックにするか、それとオリジナルよりもテンポを遅くしたんですが、如何にスピード感を落とさずにグルーヴさせるかに重点を置きました。リスナーのみなさんにはオリジナルとリミックスの違いをそれぞれ楽しんで頂ければと思います〉(高宮永徹氏)
    (1998年5月1日着)


  • 宮沢和史のラジオ番組「極東ラジオ」4月19日、5月17日の放送にマルコス・スザーノ、フェルナンド・モウラがゲスト出演。〈『AFROSICK』に参加しているミュージシャンたちは、決してブラジルの音楽だけをピックアップするわけじゃなくて、ルーツももちろん大切だけど他の音楽と混ぜてもいいんじゃないかっていう考えを持ってる。ブラジルの打楽器とギターを一緒に使っても音楽になる。グローバリゼーションの時代の音楽といえるものを彼らは作っている。だからMIYAZAWAとのコラボレーションは絶対うまくいくはずだし、うまくいってるんだ〉(フェルナンド・モウラ)。極東ラジオのスタジオ・レポートはこちらです。

  • 1998年3月31日よりスタートの宮沢和史ソロツアー"Sixteenth Moon"にマルコス・スザーノ、フェルナンド・モウラの参加が決定。『AFROSICK』の発売に先駆け、ライヴで「CAPITA DE AREIA」「E TUDO TAO MENOR」「BRASILEIRO EM TOQUIO」などを披露。

  • 「E TUDO TAO MENOR」が、フジテレビ系列のニュース番組「ニュースJAPAN」(23:30〜24:50)のエンディングテーマに決定。
    (1998年3月30日着)


  • J-WAVE「サウージ!サウダージ…!」1998年3月22日に放送されたマルコス・スザーノのコメント。〈MIYAZAWAとの仕事はとても大きな喜びだった。なぜなら彼は優秀な歌手、ミュージシャンであるだけでなく、自分がやりたいことをちゃんとわかってる人間だからね。彼は自分が考えていた音楽のアイデアを実現するために僕に協力を依頼してきたんだ。そこで真夏のリオのスタジオでレコーディングに臨んだわけだけど、結果は本当に素晴らしいものができたよ。ブラジルの最高のミュージシャンが集まってくれたし、レニーニ、パウリーニョ・モスカ、ペドロ・ルイスといった僕の仲間に頼んで、MIYAZAWAの作った曲にポルトガル語の歌詞をつけてもらった。カルリーニョス・ブラウンが作詞した最高に美しいバラードもある。これはもうブラジルの音楽というだけじゃなくて、インターナショナルな音楽として誇れる画期的な内容のアルバムだよ〉

  • ロンドン・レコーディング直前に、宮沢はブラジル・リオデジャネイロを訪問。そして約2カ月に渡るロンドンでの『Sixteenth Moon』レコーディング終了後、12月14日にロンドンからブラジル・サルヴァドールに直行し、カルリーニョス・ブラウンとの『AFROSICK』サルヴァドール・レコーディングをスタート。その後、マルコス・スザーノらとのリオデジャネイロ・レコーディングを行ないます。

  • ファンクラブ会報BOOMER'S PRESS 96号での宮沢和史ロンドン・レコーディング直前インタビューより。〈ブラジルには僕が今注目しているカルリーニョス・ブラウンとマルコス・スザーノっていう人がいて、彼らと一緒に音楽をやりたいなと前から思ってました。たまたま彼らはブラジル人だったから、じゃあブラジルに渡ってレコーディングをしよう、と。でも別にブラジル音楽をやりたいわけではなくて、そこではポップスとかダンス・ミュージックをやりたいと思ってる。ロンドンのものとは毛色が違う、もう少しダンサブルでビートがあって……けれどもブラジル音楽ではないものを〉

  • 7月6日、ドイツ・チュービンゲンでのインターナショナル・チュービンゲン・フェスティバル「Viva! Afro-Brasil '97」にTHE BOOM出演。共演はジルベルト・ジル、カルリーニョス・ブラウン、セリーナ・ベルリア。THE BOOMヨーロッパ・レポートはこちらです。
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